2009年5月5日火曜日

グラン・トリノ

「クリント・イーストウッドにハズレなし」

この言葉をよりいっそう「信じられるモノ」にした感がありますね、良い作品でした「グラン・トリノ」

奇しくも。
こないだ博多へ行ったとき。
旧友のJIM-BOY氏と話してたのが「頑固親父にボクはなりたいんだ」というテーマ。
この映画はボクが言葉で表現するより、具体的に「ボクが成りたい人間像」を描いてると思います。

グラン・トリノ (クリント・イーストウッド 監督・主演) [DVD]
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公開中の映画なので詳細は書きませんが。

とかく、最近の世の中の男性は「みんなから愛されたい」という気持ち強いのか、「頑固者」が居なくなりましたね。
ボクがガキの時分は必ず町内会にひとり(もしくはもっと多く)の「変人・頑固親父」がいたものです。
空き地で野球してたら勝手にやってきて監督し始めたり。(笑)
なんか、いつも無茶ばかりしてて子供たちから恐がられていたり、おばちゃん連中からも「あのおじさんと喋っちゃダメ」とか言われたりしてた、オサーン。(笑)
でもなんかの大事件ではかならず頼りにされたりする、ってタイプね。

最近はマスコミのせいなのか。
「K.Y」などと馬鹿にしたりして。
体勢に流されないタイプの人間は徹底的に排斥される世の中になったような気がします。
不思議に思わない?
なんで、そんなに顔色伺って生きていかなくちゃいけないんだい?
そんなに媚びへつらって生きていかないと、オサーンは邪魔者なのかい?
ばかばかしいじゃないか。
苦労して生きてきて、最後まで「いえー迷惑はかけたくないんでー」とか
「気にしないでください、ボクは空気ですから。」なんて台詞を吐いて死んでいくのか?

キヨシローの死でも考えたけど。
彼も「変わり者」。
彼はそれが許された人だけど。
ボクだって少しは許されるはずだ。(笑)

グラン・トリノは男が漢であるための映画なんでしょう。
彼はああすることで「自我を貫き」そして朝鮮戦争から続く自分の中の「もやもや」を解消したんでしょう。
彼の息子から見れば「変わり者」の「偏屈親父」「頑固親父」にしか見えないんだろうけど。
最後の友人「タオ」には「最高にかっこいい漢(オトコ)」に映るように仕掛けたわけです。
実に深く考えさせられたテーマであり、映画でした。

思ったとおりに生きたいように生きることの難しさと大切さ。
アメリカ人だけでなく今の日本人のほうが「自らがそんな環境を許さないようにしてしまった」人間社会を考え直す時期にきてるはずですよ。

いいじゃないか、変人で頑固者って。
バンザイ、だ。

スラムドッグ$ミリオネア

ボクにとっては恒例のストレス発散「沖縄ダイビング&サイクリング」なんですが。
前回から「ダイビング&サイクリング&映画三昧」というボクの趣味の殆どを沖縄休暇中にやってしまう、というなんとも贅沢な(でも決してそんなに大金を使ってるわけじゃないが)休暇術を考え出し、その2回目の今回の旅行で観てきた作品です。
(前置きが長い)
スラムドッグ$ミリオネア (ダニー・ボイル監督) [DVD]
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ボクにとってみればこの作品は「一番だ」と信じて疑わなかった「ダークナイト」をぶっちぎりにした作品。
なので事前のボクの期待は最高状態なわけです。♪




スラムドッグ$ミリオネア[Blu-ray]
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映画が始まるといきなり「あの」クイズ「ミリオネア」のシーンから始まります。
主人公はスラムで生まれ育った孤児「ジャマール」。
学校にも殆ど行ってないし、とても頭の良い青年とは言えない彼が、難題を次々解き明かしていく。
なぜ?ジャマールは答えを知っていたのか?
関係者はジャマールがインチキをやっているに違いないと疑う。
ジャマールは最終問題を前にして警察に逮捕される。
警察での尋問になぜ彼が答えを知っていたのか、明かされる。
それは彼が「スラム出身」であり「孤児」であり「悲惨な人生を歩んできた」からこそ知り得た、彼なりの「答え」があったわけです。(^。^)

ものすごい「貧困」のなかでの「純愛」。
そういや、日本でも「貧富の差」とか言われるようになってしばらく経ちますが。
インドやフィリピンなんかの「貧富の差」って日本なんかの比じゃないよね。
ボクはインドには行ったことがないです。
フィリピンにはあります。
フィリピンのマニラのスラム街はたしかに映画のようでした。
お金持ちが飼っている小型犬のほうがはるかに良い暮らしをしてますね、マニラのスラム。
一緒にいた人から教えてもらったのが「これは絶対的貧困っていうんだよ」ってね。
もう先祖を3代遡っても「スラム」っていう人たち。
スラム出身はスラム。
その中に「夢」とか「希望」なんか「まったくない」。
今日を生き残る、これだけなんだそうだ。

ジャマールもその絶対的貧困層の人間。
物心ついたときから、地面に寝て、泥棒や詐欺で生きてきた。
「夢」とか「希望」とか一切持たずに生きてきた。
ただひとつ愛した女性「ラティカ」に愛されたいがためだけに「ミリオネア」に出場したのでした。
泣けるやんけ!(T_T)

最初、映画のタイトルから「スラム」の貧乏人がクイズで大もうけして金持ちになるストーリーかな?
と思ってましたが、大間違い。
映画はジャマールが大金持ちになってリムジンを走らせるシーンなんて、これっぽちも出てこないし。
ジャマールは最後までお金には無欲でした、すげえ。
ライフラインで「電話」を選んで電話したら「ラティカ」が電話に出たときのジャマールの嬉しそうな顔。
あれには感動した。
あいつ、1000万ルピーの問題に正解したときは「にこり」ともしなかったのに。(笑)

そう、これは「純愛映画」でしたね。
SFXもないし。
グロいシーンもない。(ちょっと「ひいー」ってなシーンはあったけど。)
スラムドッグ(野良犬)のジャマールが、お金なんかより欲しかった「彼女の愛情」をただひたすらに魅せただけ。
まいったぜ。
こんな「まっすぐ」な純愛なんて見せられても、こっちがドキドキしちゃうわな。
オサーンにはもうこういう感情は芽生えないのかっ!(憧れてはいる)

アカデミー賞を獲ったのは、、考えるに。
アメリカ人が「純愛に飢えていた」のでは?と。
ありきたりな美男美女がイチャイチャするつまらない純愛映画ではなく。
美男美女が全く出てこない、しかも、かっこいい服装もなく、宝石も、トレンディでセレブなマンションや、乗用車もまったく出てこない、こんな「駆け引きのない、純愛映画」に「頭打った衝撃」な感じなんだろう、きっと。
よくわかるような気がしたよ。
白人(先進国の人間)が一番病んだ愛情表現しかできないってことね。